塾長あいさつ
はじめまして、恵那ホームページ通販塾の新田英博と申します。
「恵那ホームページ通販塾」という会社名、変わっているでしょう。
ホームページを作成する会社なのに「塾」って、なんかおかしいですよね。
その理由はもう少し下の方で説明しますのでまずは自己紹介させてください。
学歴と職歴
私は1970年、昭和45年、岐阜県恵那市で生れました。
地元の恵那高校を卒業し、富山大学文学部に入りました。
子供の頃から小説が大好きで、小学生時代は椋鳩十先生、古田足日先生の物語に胸踊らせました。
中学生時代はジュール・ベルヌの「2年間の休暇」(十五少年漂流記)、「海底2万里」とか大好きでした。
そして高校時代に運命の出逢いをしてしまいました。
自宅でホコリをかぶっていた本棚で「世界文学全集」の中のチャールズ・ディケンズ作「ディビッド・コパフィールド」を読んでしまったのです。
ディケンズの物語、ストーリーテリングの面白さに感動して、「自分もこんな小説家になりたい!」とついつい思ってしまい、富山大学文学部に進学しました。
当然、大学時代も小説漬け。
大学時代は、ジョン・アーヴィングにハマりました。
「ホテル・ニューハンプシャー」、「ガーブの世界」を何度読んだことか。
物語のある「物語」が好きなのでしょうね。
夏目漱石、川端康成、森鴎外も好きで、専門課程は日本と欧米の作家との関係性や影響を研究する「比較文学」コースに進みました。
しかし残念ながら学業の方はからっきしで、成績は超低空飛行。
恩師には「補欠で卒業」と言う事になっております。
未だに留年した夢を見るくらいです。恩師には頭が上がりません。
大学卒業後は、名古屋で某大手自動車会社のシステム会社に入社しました。
そこでコンピュータとシステムについて本格的に学ばせてもらいました。
まだ戦力になる前に退社してしまったことを申し訳なく思ってますが、その後、地元の建築会社に営業として入社しました。
独立思考でしたので「営業」と「会社経営」ということが学びたかったのです。
当時の所長に営業のイロハを学び、本当に感謝しております。
その後、家業の化粧品店を継ぐこととなりました。
2002年、初めてインターネットショップで化粧品を販売しました。
そこからが、私のインターネットとのつきあいの始まりです。
ホームページ店長時代
家業の化粧品店を継ぐ、と言ってもそれまで扱っていたものが「建築」
まして男ですので、店頭で化粧品1本売れるわけがありません。
他の店員さんやお客様に白い目で見られていたんじゃないかなぁと思います。
実店舗で接客して売ることが出来ない私。
そんな私が活躍出来るフィールドは、当時花開きつつあったインターネットでした。
独学とセミナー研修でホームページビルダーを学び、作ったネットショップ。
なんとオープン直後に北海道からご注文が入り、東京、鹿児島と売れていきました。
「岐阜県恵那市という地方から、全国へ化粧品を販売出来る!」
インターネットの可能性に驚き、そしてのめり込んだわけです。
インターネット専門誌にも取り上げていただき、「ダメ店長のV字回復」みたいな事例で全国に紹介していただきました。
その後、私が所属する地元の恵那商工会議所青年部でメンバーの皆様を集めて勝手勉強会をしました。
「ブログでホームページ作成講座」
「動画で宣伝youtube講座」
などなど、勝手講師でやってました。
受講生の中では3800万円の家が売れたり、有名レストランへの新規開拓が出来たり、結果が出て面白かったです。
そして勝手講師を重ねているうちに、「ホームページ作ってくれない?」と相談を受けるようになりました。
そこではたと気づいてしまったのです。
「あれ、恵那にホームページ製作会社ってないんじゃない?」
地方は都会と違って、遅れていたのでしょうね。
名古屋圏内から営業に来るホームページ作成業者もおられましたが、遠くて経費がかかるからでしょう。
「サポートしてもらえない」、「ホームページの修正がむちゃ高い」
そんな声も聞こえてきて、地元にホームページ製作会社がないんだ、と気づいた次第でした。
ホームページ作成というのは、打合せや現場撮影、ヒアリングなどなど手間と時間がかかります。
ネット時代とはいえお客様企業と物理的距離の遠い会社は、難しいのかもしれませんね。
知り合いのホームページ作成依頼を受けるようになって、仕事として受けていかないと身体がついていかないぞ、と非常に流されるままに起業しました。(あまりかっこよくないですね)
屋号を塾とした理由
家業の化粧品店のホームページを維持管理していくに当たり、たくさんの勉強をしてきました。
ホームページ作成の技術はもとより、マーケティングや広告宣伝などの経営の勉強にも時間とお金を投資してきました。
自分で先生を探し、そして学んできたのは、それが一番コストがかからない確実な方法だったからです。
中小零細企業の社長ってそうじゃないですか。
自分が頑張んなきゃ、誰も手伝ってくれませんよね。
自分を鍛えるのは自分、という感じで時間とお金を使ってました。
いろんな勉強会が東京や大阪であって、それに参加するたびに「都会は恵まれてるなぁ。勉強する機会があるもんな」と思ってました。
「恵那でこういう勉強の場があったらなぁ」
「そうだ!かつての自分がそうだったように学びたい人がいるに違いない」
「そういう人が地元で学べる場所になろう」
「商工会議所青年部でやっていた勝手講師を、一般でやればいいじゃんね」
こういう思考行程で「恵那ホームページ通販塾」と屋号を決めたのでした。
自分がそういう場所があったらいいなぁ、と思ったことが始まりで、私のお客様はかつての自分のようにネットで何とかしたろう、という熱意のあるお客様が多いです。
(うちのお客様は熱意のあるすごい人が多いです。エネルギッシュで私自身刺激を受けます)
恵那ホームページ通販塾に合う方、合わない方
こういった事情で起業しましたので、小さな会社のネット戦略に長けておると思います。
一方で大きな会社は都会のホームページ製作会社に丸投げされたほうが効率的かもしれません。
私のフォーカスが、塾、人材育成、教育に向いておりますので、下請け的な仕事が苦手です。
「まかせたで後はやっておいて」というのが正直、苦手です。
社長さんとじっくり新商品や顧客設定やマーケティングを話し込んでいくスタイルが合っております。
ネット担当さんに技術をお教えしたり、相談に乗ったり、開発したりが合っております。
一緒にホームページを育てていこうという方の応援団で私自身ありたいものです。
さてホームページを作るのに製作コストばかり重視するのはナンセンスかもしれません。
私の化粧品店店長の経験からすると、ホームページを作った後の維持管理の方がお金がかかります。
キャンペーンをしたり、新商品PRをしたり、ページを増やしてにぎやかにしていくことが大事です。
それを業者まかせでいたら、キャンペーンするたびに何十万円とかかることになります。
大きい会社は出来るでしょうが、小さな会社はそうもいかないでしょ。
だから私自身は自社で更新が出来るようになることが一番のコスト削減だったのです。
そういう理由で私のお客様には、お客様自身がホームページ更新が出来るようにお教えしていくために塾スタイルをとっております。
それが一番お客様のためであると信じております。
毎月提供している学びの場
起業以来、私のお客様には毎月、通信を郵送していました。
マーケティングやネット戦略など情報提供を中心に「恵那ホームページ通販塾通信」としてお送りしてました。
2011年11月からは、ネット中継に切り替えて「ミルミル!通販塾TV」という番組をインターネットで配信しております。
こちらはビデオを撮りまして、操作方法や技術をお伝え出来ますのでより実践的です。
またセミナーもだいたい毎月開催しております。
セールス文章講座、DM講座、FAXDM講座、チラシ作成講座など予定しております。
これからの企業の発展は、情報発信力がどんどん必須条件になっていこうかと思います。
その技術を学ぶ場はどこにもありません。人材を育成する場もありません。
恵那ホームページ通販塾はその受け皿となって行きたいのです。
一緒に学んで行きませんか。
仲間がいるって素晴らしいことですよ。
一緒に商売繁盛していきましょう
「学で富み富て学び」福沢諭吉先生
学べることに幸せを感じます。
お客様と知恵を絞ってキャンペーンを作ったり、新商品を作ったり、戦略を練ったり。
学びが富みに結びつくともう最高の気持ちです。
学びは私のエンジンです。
「論語と算盤」渋沢栄一先生
何のために商売しているのか、誰のための商品か。
お客様とのミーティングでやっぱりその都度考えます。
恵那の方は良い人が多くて、粗利を削ってまで貢献したい方もおられます。
三方良し、の精神で心綺麗に楽しく商売繁盛したいものです。
ネット時代の今、それが理想ではなく可能になってきたと思います。
今こそ志を持って、夢と理想に挑んでいきたいものです。
ごあいさつが長くなりました。
これをお読みのお客様のお役に立てれば幸いです。
今後ともよろしくお願いします。
恵那ホームページ通販塾
塾長 新田 英博